
「生活技術」を取り戻そう
では、どうしたら類猿人にならないですむか。それにはさまざまな方法があるでしょう。
類猿人にならないためには、まず買わないことです。どうしてもほしいものを買うことができなければ、作らざるをえなくなるからです。
ものを作ることができなくなるのではないか、という危機感を持っているのは僕だけではないらしく、僕の出た小学校では、PTAのお母さんたちが計画して「いま親から子に伝えるべきもの」という研究サークル活動をシリーズでやっています。日本的なものの考え方、道具の使い方、それから生活の知恵の伝承です。僕はその小学校の先輩だから、是非と頼まれ、手伝いをすることになりました。
そこで、僕がやったことは「箸の買い方と見立て方」「工夫した箸の使い方」「箸の作り方」といった三構成によるものです。
いちばん使いやすい箸を選ぶということも、僕は立派な生活技術のひとつだと思っています。手頃な箸の見つけ方は、昔から生活の知恵として残っています。でも、ほとんどの人が知らない。自分の手の大きさに合わせ、手で測って自分に合う箸を見つければいいのです。
毎日使っている筈なのに、その知識となると乏しい。
いっとき、青竹の箸がはやりましたが、竹で作った青い箸を、どうやったら二、三年使っても青々としたまま保存できるか、というノウ・ハウなどまったく知らない。
知らないから使い捨てにしてしまう。
その方法とは、冷凍保存すること。簡単なことなのです。最近では冷凍冷蔵庫も発達し、同じ冷凍をするにしても適温冷凍ができるようになってきました。素材の鮮度を保ちながらの冷凍保存システムです。魚と肉、野菜はそれぞれに保存適温がちがってきますが、これを個別に温度調整することができるパーシャル冷凍庫というものです。
パーシャルシステムの冷凍冷蔵庫を使用すると、青竹の箸が二年くらい青いまま使えます。青々としかも冷凍保存によって消毒済みで、冷やしてありますから、夏の風物詩である「そうめん」「冷やっこ」を食べるときには最高。
ところが、そうした箸の使い方や、箸で食事をもっとおいしくする方法を、いまのお母さんがたはほとんど知らない。
「これは立派な生活技術です。昔からやってきたことなんだから、子供に教えてあげたらいいですよ」
と、お母さんたちに話すと、
「青い竹のお箸って売ってないんですけど、どうしたらいいですか」
という。
「それならば、自分で作ったらいいじゃないですか」
と、青竹の箸を作ってみせていますが……。
このように箸ひとつにしても、うまく選んだり、おいしく使ったり、買わずに作ったりすること、これが「生活技術」です。
現在の日本でもっとも衰退したものは、生活技術だといえます。反対に、進歩したのが生産技術です。日本の生産技術は世界中から注目されているくらい発展をとげていますが、それと反比例するように、凋落(ちょうらく)の一途をたどっているのが生活の技術。
生活技術の凋落は、僕がいちばん恐れている工業化社会現象です。生産技術が進展すると逆比例して生活技術が落ちこみます。
かくいう僕も、かつて生産技術の進展に肩入れし、生活技術の衰退を手伝うようなことをしたことがあります。実は、おにぎりの自動製造機をデザインしましたし、おにぎりのパックを引っ張ると海苔が自動的に巻きつく、という市販のおにぎりにも興味をもったことがありましたが……。
ともあれいま、外食産業の生産技術もやたらと進歩し、おにぎりがよく売れていて、おにぎりを自分で「むすぶ」という食風俗がなくなりかけています。おにぎりは買って食べればいいものなのか?
おにぎりをむすぶ、ということ自体は物理的にはたいしてむずかしいことではないのですが、「むすぶ」というなかには、心の問題も含まれていて、人間にとってたいへん重要なことなのです。
「暑さ負けしないように……」といって、母親がそっと梅干しをしのばせる。規格品にはできない微妙な心くばりが、むすぶことのなかにあるわけです。
そういう家族のための心くばりがおにぎりをむすぶことにつながっているわけですから、おにぎりをむすぶことができなくなった、ということは、その心くばりもなくなった、ということになります。憂慮すべきことです。つまり、おにぎりで「むすんでいる」のは、物理的なお米の粒ではない。むすぶ人の気持ちなのです。
食べる人の顔を思い浮かべ、大きさやなかに入れるものをいろいろ加減しながらむすぶことが、おにぎりをにぎるほんとうの意味です。それを買って食べたのでは話にならない。
出典元・著作の紹介
『新和風のすすめ』
モノ・モノ| 単行本 | 2023
工業デザイナーの秋岡芳夫が亡くなる7年前の1989年に上梓した書籍『新和風のすすめ』を文庫本としてモノ・モノが復刊しました。〝消費者をやめて愛用者になろう〟というスローガンにはじまり、〝新和風〟という暮らし方の提案にいたるまで、秋岡芳夫のメッセージが凝縮されています。
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※掲載箇所:「新和風のすすめ」P48-52







